2011年3月21日月曜日

学会との付き合い方について

学会で報告したことのある人で、「ああ、報告して良かった」という経験をした人は数少ないでしょう。報告者がもっとも恐れるのは、報告が終わったあと沈黙の中で誰も質問もコメントもしないという状況ですが、実際にこれがよく起きます。このことを座長に起用される人(大抵大学教員)も心得ていて、報告者ごとに質問を準備しておくのが普通になっています。それでも座長と報告者だけがやりとりして時間切れになる図は相当に痛々しい図であることに変わりありません。かくいう私もそのような経験をした1人です。会場から発言がある場合、最初のケースよりは多少マシですが、それでも、急所を突いてきたり、報告内容にかみ合った質問やコメントが提起されることは概して少なく、些末な質問をめぐる上滑ったやりとりで時間がサラサラ過ぎて行くというのが普通でしょう。にもかかわらず、学会報告は多少なりとも研究業績ということにはなりますので、学会報告に立つ院生や若手研究者は後を絶ちません。その結果として、殺伐とした光景が何度でもリプレイされつづけることになります。

実のところ、当日学会報告を聞きに来る聴衆の多くは、報告者の報告内容に興味をもっているからこそわざわざその場にやってきているのですが、報告のポイントをつかめず沈黙を余儀なくされたり、取っ掛かりを掴むための質問で表層を流れてしまったりするのです(違うタイプの聴衆の存在については以前書いた通りです)。

ただ、このような経験をしているうちに、研究者には、どうしても心の中に学会というものを疎んずる気持ちが宿ることになります。実際、自尊心の強い人からみれば、学会員は揃いも揃って自分の研究の価値を理解しない愚鈍な連中にみえますし、気の弱い人からみれば、自分に居場所が与えられていないようにみえるでしょう。

さて、ここで問題は、このような経験を経て学会から「超然」とすることが学者にとって良い決断であるかどうかということです。

実のところ学会といっても千差万別ですので、一般論として語ることは難しいのかもしれませんが、そもそも学会というものの存在理由から考えて、次の2つのことがいえます。第1に、報告を聴きにきた学会員は報告者が論文や研究書を書く際の潜在的読者だということです。第2に、社会科学研究も社会運動の一種である以上、読者(支持者や建設的批判者となる)は研究の進展のために必要な要素であるということです。

とすれば、よい研究をするためには、学会との関係を安易に切断することは、その学会を経由しない研究の社会運動化の代替経路を確保できないかぎり、報告者の研究者としての将来にネガティヴな影響をもたらす可能性が高いということになるでしょう。逆に、多くの場合効果的な学会との付き合い方は、学会報告や論文、さらには研究会などを通じて、自分の研究を説明する機会を可能な限り増やして、聴衆を説得し続けることになるでしょう。

このような態度は、報告者の研究が革新的な優れた研究である場合にとくに重要性を増します。そのような研究の場合、報告しても、革新的であるゆえに聴衆はより内容を理解する可能性が低くなります。というのも、近しいテーマで研究している人が他にはいないからです。このとき、研究者が学会の人びとを説得することを止めてしまうと、もとから他に誰もやっていない研究ですから、その研究の可能性そのものが閉ざされる可能性がたかまります。

若い研究者の方には次のことを踏まえておいていただければと思います。それは、当日学会報告を聞きに来る聴衆の多くは、報告者の言っていることがきらいなのでも馬鹿にしているのでもないということです。彼らは、報告者が何を言っているかが分からないだけなのです。ですから、是非寛容な心でもって説得を続けて頂ければと思います。

研究者が自身で、危険なコースに迷い込んでいないかを判断する1つの方法があります。それは、時間が経つにつれ、研究者としての交流範囲が小さくなっていないかどうかです。交流範囲が縮小傾向にある研究者は、あきらかに、アカデミックサークルに存在する潜在的読者を説得するルートから離脱しているということになるでしょう。

学会での報告が空振りに終わってがっかりしているところへ、人が現れて「君の研究はなかなか面白いよ。学会の連中では君の研究の意義は分からんよ。どうだ、今度私たちがやっている研究グループに来ないか」などと言われれば、人間は弱いものでついつい嬉しくなってついて行ってしまいます。「ああ、分かる人は分かるのだな」と思ってしまいます。このようなことが続くと、最終的に非常に小さな蛸壺の中で研究することになります。そうなるとその人の研究がよいかどうかを判断する他人の眼自体が機能しなくなり、本人も自分の研究の意味がわからなくなる危険に直面することになるでしょう。

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